チャドで働く国連機関契約職員の日記

チャドの田舎で国連機関の期間契約職員として働くことになった日本人の日記です。ブログでの記述は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません

国連人道支援分野でのイノベーションの難しさ

国連の人道支援分野には、山ほどイノベーションの機会がある。イノベーションと言わなくても、業務効率化のネタには事欠かない。要は無駄が多いということなのだけれど、残念ながらそれが短期的に解消されることはなさそうというのが、現場での実感。書いてみたら当たり前だということばかりになってしまったのだけれど、備忘録として残しておきたいと思う。

1.ギリギリもしくは不足するリソース
公務員は一般的に、余裕のない人的リソース、資金リソースで運営される。民間企業とは違って、法律に基づいて業務内容が明確に決まり、その業務内容をこなすためのリソースが計算される。さらに、人道支援を行う国連機関に限って言えば、おそらくどの国連機関も支援対象を十分にカバーするだけの資金を調達できていないことが普通なので、基本的には足りていない。そのため、現場レベルでは、常に業務運営はいっぱいいっぱい。
通常の、定められた事業を定められた方法で行うだけでもリソースが足りない中で、イノベーションとまでいかなくても、何かを変えようとすると、それを検討するための追加的なリソースが必要だし、実行をする段階でも(仮にその変化が全体として業務運営を効率化するものであっても)一時的に業務効率は下がる。そんなことをする余裕は、少なくとも現場にはないし、「余計な仕事を増やすな」ということになる。

2.小さいアップサイドと大きいダウンサイド
上述した、決まったことを決まった通りやるという前提を別の側面からとらえると、今までの方法で、今までやっていたことをやれば、基本的にはそれで良し、となる。より効率的に、よりナイスな結果を得られればそれは評価されるけれど、仮にそれで大幅に支援対象者が増やせるとしても、公務員の評価(昇進、異動)はそれで大きく変わるわけではない。(今まで10万人支援できたのが20万人支援できるようになっても、給与も待遇も基本的には変わらない)。なので個人的に見れば、イノベーションで汗をかくことのアップサイドは小さい。
他方で、うまくいかなければ、通常業務がうまくいかなくなるから、決められたことすらできなくなるので、大きな失敗になる。仮にうまくいくとしても、そのために通常業務以上にチーム、パートナーを動かすことになるので、通常業務だけでもいっぱいいっぱいな彼らからは中々協力が得られないし、協力が得られても、気を付けないと、追加的ストレスでつぶすことになる。
こういった、小さいアップサイド、大きいダウンサイドという構造はみんな分かっているので、なかなか協力を得ずらい。表面上で反対しなくても、何かをお願いしても動かない、プッシュしても、他の作業で忙しいから、と断られる(そして実際問題、みんな他の仕事でいっぱいいっぱいなのだ)

3.経験が少ない
1,2のような背景から、公的部門で働く人々は一般論として、民間部門と比べてイノベーションとか業務効率化を主導するという経験が少ない。そうすると、それをうまく主導する人も、サポートする人もいない。そうすると、仮にアイデアとしてはよろしくても、うまくいかなくなる。うまくいかないから、上記のダウンサイドがさらに強調されて、そういったアイデア自体が出てこなくなって、さらに、イノベーションを生むような土壌から離れていく、という悪循環につながる。


4.圧力の無さ
民間企業であれば、非効率な業務は高コスト体質に結びついて市場から退場を余儀なくされるし、業務を効率化すれば利益増によって、その利益を使った事業拡大への投資、社員、株主への還元というわかりやすいつながりもあるから、一定の業務効率化への圧力がかかっている。
国連機関でも、資金を出す加盟国(ドナー)は自国資金が効率的に使われていることを求めるから、そういう意味では、株主からの圧力に近いものがある。でも、人道支援機関の業務の効率性を評価したり、改善案を出すというのは、当然ながら現場のオペレーションを知らないとできないけれど、普通はそういうところまでは見切れない。また人道支援機関側も、仮に高コスト体質でも、民間企業と比べれば、それによって組織がつぶれるというようなことは起きづらいので、外部からも内部においても、効率化を進めようという圧力が小さい。

それじゃあ、どうすればいいのか。

1.イノベーション、業務効率化をKPIとする部署を設ける
この部署では現在の業務のリソース、プロセス、アウトップットを数値化したうえで、それを改善するということを、組織全体に対するコミットメントとして実行する。こういう部署は既にあるにはあるけれど、「いいアイデアがあったら、それを出してね」という感じに近い。本来はこの部署が(必要に応じて外部のリソースも使って)、一定の優先順位を付けたうえで、オペレーションの洗い出し、数値化、改善を推し進めるべき。

2.人事評価にイノベーション、業務効率化を組み込む
これは1に近いけれど、どちらかというと現場レベルの話。現場で常にオペレーションのインプットとアウトプットを明確にして、それをどれだけ改善できたか、というのを人事評価に組み込むようにする。上述の1の組織は、この実行を支援したり、部分最適を避けるための調整をしたりする。

ただこれらを実行するには、結局は組織のマネジメントレベルでのコミットメントが必要になるけど、組織のマネジメントレベルにこうしたことをするというモチベーション and/or ストレスがかかりづらい現状だとなかなか難しいだろうとは思う。なので、

3.ドナーからの拠出金額の決定ににイノベーション、業務効率化を組み込む
という形で、外圧を上げるという方法が考えられる。これはそもそもドナー側にそうした意識がないと難しいし、国連機関側からの巧妙な「できない理由」を看破するだけの知見とコミットが必要になる。いきなりイノベーション、業務効率化を拠出金額のクライテリアに組み込むといっても無理だろうから、まずは現状業務のオペレーションの洗い出し、それにかかるコストの算出をすること、などを第一段階として、拠出金を出す条件にするのがいいと思う。