チャドで働く国連機関契約職員の日記

チャドの田舎で国連機関の期間契約職員として働くことになった日本人の日記です。ブログでの記述は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません

国連の現場におけるメンタルの保ち方(3)

前回までで、(1)そもそも仕事量が多いし無茶ぶりが多いのはみんなわかってるんだから完璧を目指す必要ない、(2)みんな自分のそれなりのベストを尽くして、悪気があるわけではなく振ってきているんだから、厳しい要求でもしょうがないよね、と考えることで心の余裕を作る、ということを書いた。

 

ここでは、そうした中でも、一定の成果を出していくにはどうしたらいいのか、というのを書いてきたいと思う。まだ今の仕事で成果を出したとは言えないから、本当に正しいかはわからないけれど、そんなに外してもいないと思う。

 

完璧を目指さない、というのと近いけれど、
・時が解決する
ということを大前提に動く。

 

これはどういうことかというと、
(1)時宜が来るのを待つ
(2)その時が来るまで負けないようにする
(3)常に余裕キャパを残す
ということを意味する。

 

(1)時宜が来るのを待つ
まず国連に採用された時点で、間違いなく優秀。そして国連の現場では取り組まないといけないことが山のようにある。だから、焦って成果を出そうとしなくても、極論すれば、その場にいるだけで、そのうち、力をフルで発揮して、とてもナイスな成果を出せるタイミングは来る。(時には、やはりどうしても、期限を守らないといけない、どうしようもない仕事が来るときもある)

 

(2)その時が来るまで負けないようにする
ここぞ、というのがいつになるかは誰にもわからない。少なくともいえることは、体力的に、メンタル的に、充実していなければ、力をフルで本当に発揮したいとか、発揮しなければいけないときに、それができない。そして、その場に居続けることができなくなって撤退すると、戻るのは、やはりそれなりに大変。職場は受け入れてくれると思うけれど、どうしても一定期間現場を離れることになるし、そこからのキャッチアップは想像するだけれも嫌になっちゃうかもしれない。だから、急いで勝つのではなく、まずは、如何にしてその場にとどまるのか、を考えることが大事。

 

(3)常に余裕キャパを残す
いつになるかはわからないその機会まで、また長く仕事を続けるためにも、仮に仕事のアウトプットのクオリティと時間軸に一定の不満があろうが、常に、自身の中で、体力的にもメンタル的にも余裕を残す。これは、仕事をせずに組織にしがみつけ、ということを意味しているわけではなくて、その余裕を残した状態を保つということを第一優先にしたうえで、どれだけ、アウトプットのクオリティを上げて、時間軸を短くするか、を考えるということ。前述の通り完璧を期すのは難しいので、数多くの成功体験をベースにしてきた方には受け入れがたいかもしれないけれど、余裕キャパを残しながら、できる範囲内で成果を上げるというのは、それはそれで知的好奇心がそそられることでもあると個人的には思っている。

 

ちなみに、一つの組織に残り続けることとか、その中で上に上がることが全てだとは全く思わない(僕自身、今まで6回転職している)。けれども、仕事を嫌になってやめる、というのも含めて、やめざるを得ないという状況でやめるというのと、残ってもいい/残ってほしいと思われている、という状態で、他の選択肢も探せる状態にある、というのとは雲泥の差がある。

 

同じ組織に居続けるにせよ所属を変える、もしくは起業をするにせよ、キャリアは長期戦なので、まずは体力的・メンタル的に、負けない戦をするということが基本。その組織・ポジションにいたことをその次につなげるのであれば、やはり最低でも1年、基本的には3年、できれば5年くらいはその場に、何はともあれ居続けたほうがいい(もちろん、本当にどうしようもない職場とか、どうしてもやりたいことがあるなら、すぐ抜けていいと思う)。

 

3年というスパンを経れば、そのキャリアを積んだと言えるし、他の人が、その組織・ポジションにいた人に対して期待することもできるようになっているだろうし、前述のように、とてもナイスな成果を出す時宜も必ずやってくる。むしろ、落ち着てい周りが見えるようになる。だから、特にタフな現場であればあるほど、時が来ることを待つ、その間、倒れないようにどうしたらいいか、を優先して、仕事をこなすといいのではないかと思う。

 

そしていずれにせよ、そうしてある程度の余裕を残したキャパシティで継続的にこなせる仕事の量・質、こそがその人の実力でもあるのだから、それを伸ばすことは常に努力しつつも、その実力でもって評価されて、結果、組織としての期待値を満たしてないとみなされて外に出されても、それはそれで、仕方がないか、というあきらめも、必要だと思う。でも、僕の過去20年間の社会人経験を振り返れば、そうしたある程度余裕を残したキャパシティであっても、その中で、ベストを尽くして、丁寧に仕事をこなしていけば、必ず評価をしてくれる人はいるし、外に出ても何かしらやっていけると思う。