チャドで働く国連機関契約職員の日記

チャドの田舎で国連機関の期間契約職員として働くことになった日本人の日記です。ブログでの記述は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません

自身の評価を高める機会としての現場視察の受け入れとやりがいについて

国連機関の現場で働いていると、本部や他の組織、加盟国などから現地視察をしたいという要望を受けることがよくある。目的は大きく3つくらいで、(1)自分たちの出したお金がどう使われているのか、(2)事前に計画した活動が予定通り行われているか、(3)今後の計画を作るために現場の状況を知りたいとか、というのに集約される。

それに対して現場で受け入れる側も、旅行代理店ではないので、たまにやってくるこうした人々に対して、日ごろは伝えられないことを伝える。要は、お金が必要だということを、現場の具体的な様子とそこでの満たされていないニーズをうまく組み合わせて、アピールする。

視察にやってくる人の組織や組織内でのランク、自組織にとっての重要性によって、対応は大きく変わるのだけれど、先日、かなり重要な組織のトップが複数やってきて、それを当地の人道支援機関複数が共同で受け入れるという視察があったので、その時のことを書きたいと思う。ちなみに、僕は受け入れる側だけれど、送り出す側でもそれなりに大変な準備があるはずなので、あくまでこれは、受け入れる側、現場側での視点と作業だということを念頭に置いていただければと思う。

 

0.視察者のプロフィール確認

事前に共有される視察者の情報がどれだけ充実しているかは、視察ごとに違う。けれども、それなりに重要な人物の受け入れであれば、共有される情報に加えて自身でも情報を集める。視察者の組織の戦略や活動計画、視察者のポジション、プロフィール、成果・実績、関連記事、最近参加した会議やそこでの成果文書、等々。食事を出すのであれば、可能な限り、食事のアレルギーや好みについても確認する(特に視察者が重鎮になってくると、必然的に年齢も高めになるので、快適に過ごしてもらうためには極めて重要)。

 

1.視察先の検討
視察を送り出す側や本部などからは現場に対して、視察の目的、参加者のリストともに、何時から何時まで現地に滞在するので、その間に、視察の目的を達成できるようにプログラムを組むように、指示が来る。逆に言えば、送り出す側から与えられるのは、当地に入る時間と出る時間で、その間の視察プログラムは、現場サイドで調整をしていく。

今回は複数機関共同での受け入れなので、視察プログラムも、複数機関共同で作っていく。前述の通り、受け入れる側としてはアピールをしたいと思っている。視察をする場所とプログラムで、どういうメッセージが伝えられるかは決まってしまうので、どこを訪問して、誰がそれを調整するのか、というのは大きな議論の的になる。同時に、あまりにも訪問先を主張しすぎると、じゃあ、その場所の視察については調整よろしく、と投げられる。こういった現場視察は通常業務とは完全別枠でやらないといけない仕事だし、後述の通り、単なる担当者の出張とは異なって準備することも多いので、面倒は避けたい。そういった思惑が飛び交う中で、調整が進められる。

 

2.スケジュールの検討
どこを訪問するのかを決めると、じゃあ、それぞれの視察先で誰が調整をしていくのか、どれくらいの時間をかけるのか、視察先が複数ある場合は、その間の移動時間を含めて、細かく決めていくをしていく。訪問する人が偉ければえらいほど、訪問する場所もやることも増える(なぜなら、いろんな機関が、うちのところにも来てくれ、とアピールするから)ので、チャドの田舎どころか、途上国一般ではかなり厳しい、分単位のスケジューリングをしていくことになる。僕の働いているところも含めて一般的に、人道支援機関がいる現場は治安が不安定だから、必ずしも最短スケジュールで移動できるのがいいわけではなくて、セキュリティ面でも問題ない経路をたどっていく必要がある。こういう諸々を考慮した後、訪問先が時間軸とともに設定される。

 

3.現場側の調整
視察先とスケジュールが決まったら、その視察先それぞれで、誰・どの組織に受け入れ時の説明やら通訳やらをしてもらう人を調整する。現場では特に、援助対象となっている人々との直接の対話が求められることがあるので、誰をその場に出すのか、どうやって選んでいくのか、どういった資料を何部準備しておくのか、といったことも現場側で決めていく。細かい話だけれど、訪問先それぞれで、水や食事がいくつ必要で、そのために予算がいくら必要で、、、みたいなことも調整していく。(当地では特に日中の気温が40度を超えるので、視察に来る人側も、受け入れる側も、水をちゃんと補給しないと普通に危ない)
なお後述の通り、スケジュールは直前まで&当日も変更されるので、プランBを用意しておいて、それにも対応できるように事前に調整をしておく。

 

4.資料の作成
現場視察と言っても、現場のオフィスでの打ち合わせやらプレゼンテーションが入ることが多いので、その場で必要になる資料も準備する。これも、各機関がそれぞれを行うのか、代表機関が行うのか。代表機関が行うとして、それは誰がいつまでにドラフトして、事前に共有して各機関がコメントするのか、ということも決めていく。想像に難くない通り、一応デッドラインを決めても守られることは中々ない。今回は、当初は視察前日の午前中までに代表機関が関連機関にドラフトを共有するといっていたけれど、実際に共有されたのは前日の23時だった。

 

5.しゃべることの頭づくり&承認
当日、現場視察の中で、自分の機関として、何をアピールしたいのか、というのを準備しておく。これは自分の組織としてのメッセージになるので、現場視察に実際に同行する担当者が勝手に考えるだけではだめで、ある程度書面に落として、自組織の責任者に合意をとっておく必要がある。視察する人が、視察が終わった後に何を覚えていて、レポートにどうやって書いてもらえるのか、というのが現場サイドから見た視察の成果になるので、そういったことを想定して、アピールポイントとそのための根拠を、資料and/or口頭で説明できるようにしておく。これを、打ち合わせの場のみならず、移動中の車、現場視察の途中、食事中などで常に意識して、伝えるようにしておく。

 

6.スケジュールの承認
現場レベルでのスケジュールはあくまでドラフトで、本部やら視察送り出し元組織やら各所にスケジュールの承認依頼を行う。視察する人のランクが高くなればなるほど、承認までの時間がかかるし、口出しをしたい人が増えるし、ひっくり返ることも増える。

今回は結局、現場視察が入るという話が来たのが視察の2週間前だったけれど、最終的に当日のスケジュールが承認されたのは、前日の夜23時だった。

 

7.現場視察当日
当日は、基本的には承認されたスケジュールの通りに行くように、当日発生する細かいアクシデントに対応しながら、粛々と進めていく。特に、視察者ができるだけスムーズかつ快適に動けるように(不快な状態が続くと、実質面ではよくても、全体として印象が悪くなってしまう)、できることは何でもする。視察者と同じ車に乗ったならば、アピールしたいポイントを随時伝えるのは当然として、相手が知りたそうなことをその場で情報共有したり、先に車を降りて扉を開けたり、ペットボトルの水を差しだしたり、キャップが開けずらそうだったらあけてあげたり、、、というようなことをしていく。

視察が終わった後は、調整のために協力してくれた組織やメンバーにお礼を言いつつ、自組織の上層部にどういう感じだったかを共有する。

 

以上、つらつらと書いてみたけれども、特別なことはあまりない。けれども、これを日常業務だけでも結構忙しい状態で、各組織間の利害が微妙に対立する中で、自組織としてアピールしたいことをうまく伝えつつ(部分最適)、現場視察全体がうまくいくように(全体最適)、ふるまっていくというのは中々大変。でも、こういう作業を通じて、他の組織の担当者とつながりが深まったり(通常業務で他の組織と夜中まで仕事をすることは中々ない)、誰が使えるやつで誰が口だけなのかが現場レベルで分かるようになる。逆に言うと、面倒な作業が多いので、そうしたことを率先して引き受けていくと、こいつは使える、信頼できる、という自身および自組織の評価を現場の組織間で上げることもできる(もちろん、うまくいかなければ逆のことが起きる)。

また自組織内においても、現場視察が重要であればあればあるほど、上層部・本部も巻き込んだコミュニケーションになるので、そこでの動きや成果は、自組織内での自身の評価にも大きく影響する。

現場にいると、現場視察の受け入れというのは面倒かつ、避けられない(特に年の後半になると、翌年のプランニングを目的に現場視察が増える傾向にある)。しかし、こういった事前調整とか、細かいおもてなしの部分、またそれを実際に汗をかいて動いていくという所作は、日本人は比較的得意ではないかと思う。あくまで、現場視察全体がうまくいくことを最優先に考えて動くべきなのだけれども、それはそれとして、自身の評価を高めるいい機会でもあるととらえて、面倒な作業も率先して、プロアクティブに動いていくと、結果的にはいいことが多いと思う。ちなみに、僕の個人的な感情としては、視察がうまく進んで、視察者が喜んでくれるのを見るのは、それだけでも単純にうれしいし、それで十分報われると感じている。

チャドの僻地で入手できるビールについて

いま生活している場所は治安上の問題で、外出はできない。とはいえ、職場の車でドライバーを付ければ、村の売店で、水を買うためなどのために、外出をすることはできる。

先日、ビールが手に入るということを知ったので、村での水の買い出しついでに、チャド産のビール、ということで買ってきた。

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チャド産のビール

GALAとBeaufortという銘柄で、いずれも、チャドの首都ンジャメナにあるLes Brasseries du Tchadという会社が作ってるらしい。左側のGALAのラベルにはEXPORT BEERの文字が入っているけれど、少なくとも、僕が入手したのはチャド国内。BIERE ORIGINALE(オリジナルビール)とは、ORIGINALEのGALAであって、まがい物ではない、ということを主張したいのだろう。GALAのまがい物があれば、それはそれで飲んでみたい。

味は、ラベルに偽りなしで、確かに軽い。コク、みたいなものはつゆほどもない。けれども、いまだに日中の外気温が30度を超える環境なので、冷えた炭酸アルコール飲料というだけで、非日常的な幸せとちょっとした背徳感を感じる。

首都のンジャメナからここまで、少なくとも最後の50㎞は未舗装路の砂漠・サバンナ地帯なのに、とんでもなく重いであろう瓶ビールを輸送するサプライチェーンを構築しているLes Brasseries du Tchadはすごい。

ビジネス的にペイするのか気になるところだけれども、当地の村の住民が大量にビールを消費するとは考えずらい。まず間違いなく、当地で仕事をしている、人道支援団体スタッフ向けのビジネスだろう。電力インフラすら整っていない当地なので、日常的な楽しみの大半は享受できない環境下で働いている人間としては、そりゃ買うだろう、というのはよくわかる。

ということでビールが手に入るのはとてもありがたいものの、仕事と、家にこもって本を読んだりYouTubeを見るくらいのことしかできず、仕事もストレスがたまることが多いので、油断すると簡単に酒におぼれる危険性もあり。そもそも、こういう環境だと、冷えたコーラ(のようなもの)だけでも、心からの満足感を得られるので、ビールは、特別な仕事やイベントが終わった時の自分へのご褒美とするのにとどめておく予定。

 

自身の限界性能を引き出す場所としての国連機関

今、僕が働いている組織のオフィスでは、残業手当や夜間・休日手当というものは存在しない。他の機関や他の事務所ではどうなのかわからないけれれど、これはある程度、国際機関一般に言えることなのではないかと思う。

もちろん、就業時間は定められていて、チャドの場合はどの機関も、月~木は9時間(1時間の休憩込み)、金は午前中(正確には午後1時)までと定められている。金曜日の午後は、イスラム教の長めの礼拝があるからだと思う。

したがって、就業時間以外で働けば、それは残業となるわけだけれども、特段、そういう概念もなく、やるべきこと/やりたいことがあれば働くし、そうでなければ、就業時間が終われば帰る。

当たり前のように見えるけれども、実はこれは、今の日本の働き方改革とは異なる。国際機関は、部署や状況にもよるけれど、基本的には、仕事は探せばいくらでも出てくる。特に、僕がいるような地方の現場だと、緊急で動かないといけないことが多いことに加えて、多くの組織(国連機関のみならず現地政府、NGO、民間企業)と連携して動くから、その調整に多くの時間がとられる。

緊急性と根回しは基本的には同居できない。同居できないものを同居させているので、無理無駄が出てくる。緊急で動くことに追われながら、定常的に設定されている各種調整ミーティングの準備で日常が過ぎていく。完璧に両方をこなすことはできないよねという、なんとなくの了解もある。結局は、そこそこのレベルで落ち着く。

日常業務だけでも十分にはこなせないので、無理・無駄を省くためのオペレーション改善作業とか、協働する組織との通常業務を離れた長期的な視点でのプランニングとか認識合わせは後回しになる。

そこで、前述の、やるべきこと/やりたいことがあれば働くというのが効いてくる。上述のような、短期的には不要だけれど長期的には大事なこと、というのは、通常の業務時間ではできないし、できなくても、そんなに困らない(=評価にもそれほど響かない)。慣れてくれば、「そこそこ」のレベル感も分かってくる。

と同時に、短期的には不要だけれども長期的には大事なことにもたっぷりと時間を割きたいという人は、いくらでも働くことができる。現場にいると、何か新しいことをやろうとすると合意形成すべき関係者は多いから手間暇はかかるけれど、基本的に、前向きな取り組みで、オペレーションが改善できるのであれば、やってくれるなら、任せるからどうぞ、というような雰囲気がある。仕事をしたい人を止めるような風潮はない。

この、働きたい人はいくらでも働ける、というのは実は結構貴重ではないか。少なくとも今の日本の(特に大企業だと)だと、「ガンガン働きたいから、山のように仕事振ってください。」とか「●●をやりたいのでやらせてください。徹夜でも何でもしますから」みたいなのはかなり敬遠されると思う。他方で、どこの世界でも、マネジメントレベルや急成長しているプロフェッショナルには、こんな感じで動いてる人が多いと感じる。ガンガン動いて、どんどん成果を出して、さらに先を目指す。

さらに、僕のいるオフィスも含めて、国連のいくつかの組織は、本当に僻地にあって、家族の帯同ができないことや、オフィス&住居から外に出れないということもある。そうすると、やろうと思えば、24時間365日、他のことを考えずに、仕事に心血を注げる。

それが一生続くのはさすがにどうかと思うし、組織としても、そういうタフな環境の勤務は、一定期間以上は継続できない仕組みになってる。とはいえ、タフな環境で、自分の実力をフル活用したうえで、さらにストレッチして限界まで性能を引き出して成果を出してみたい、働きたいだけ働ける環境に身を置きたい、というような人には、組織・職種問わず、国連機関の特に僻地の現場オフィスというのは良い場だろうと思う。

アトリエ ~ 当日編(3)

(今回、アトリエ(英語・日本語でいうところのワークショップを開催することになった。その経緯や準備の模様は、こちらを参照)

shigeomisato.hatenablog.com

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アトリエ当日を迎える。

過去の経験上、初めてすることは大抵ものすごく不安になる。会議の主催ということであれば、参加者が増えれば増えるほど、事前の経験とかけ離れればかけ離れるほど、大きくなる。だからこそ、できる限りの準備をするのだけれども、それでも不安はぬぐえない。不思議なもので、感覚的に、これくらいの不安感でその瞬間を迎えると、意外と大丈夫だったりする。逆に、初めてすることでも、なんとなく見通しが立って、まあ大丈夫かなと思えると、本番でうまくいかず失敗する。

今回は、日曜日の準備が終わった段階で、あとは当日、いろんな人から出てくる愚痴をとりあえずまとめればどうにかなるだろう、という不気味な安心感があった。この安心感はやばい。もっと不安になって、もっと準備しないと、と思うのに、どうにも不安になれない、というよくわからない状況だった。果たして、どうだったのか。

プログラムでは最初の30分間、8時~8時30分を受付時間&カフェとしていた。8時半開始と普通にすればいいのだけれども、そうすると8時半には誰も来ない。8時開始として、9時に来るという想定でプログラムを作ってもよかったのだけれど、どうせだったら、早く来た人には何かしらのメリットを、ということで、最初にカフェの時間をとることにした。どうなったか。

結果としては、まったく機能せず。まず8時には、主催者である我々以外誰もいない。カフェを委託していたケータリング会社すら来ていない。失敗した。ケータリング会社も時間通りにはどうせ来ない、ということを見逃していた。結局8時半までほとんど人は集まらず、カフェも始まらず、8時半を迎える。

8時半は開会のあいさつの時間なのだけれど、開会のあいさつを述べるはずの県知事は来ない。これはまあ、想定通り。想定外だったのは、8時半過ぎに、他県の知事が到着してしまったこと。他県からは遠いので、県知事ではなく代わりの人に来てもらえれば十分だったのに。今回のアトリエが重要であると考えて足を運んでいただいたのは光栄だが、こちらの対応的には大変困ることになった。他のほとんどの参加者がきてない中で、県知事が、ちょこんと、前のほうに一人で座り続けることになってしまった。これが日本語、英語だったら、主催者である僕が横に座って、なんとなく雑談をして時間をつなぐこともできたかもしれないけれど、フランス語でそんな芸当はできない。とりあえず水でも飲んでもらおうと、チームの同僚に、取り急ぎ、水のペットボトルだけでもいいから持ってきてもらうように伝える。

その後、参加者が徐々に集まり始める。プレゼンターも集まってきて、よろしくお願いしますと挨拶をしていたが、なんと、予定していた一つの団体から、今日はプレゼンの準備が間に合わなかったからプレゼンはできない、と通告される。結構重要なパートのプレゼンなので、用意できなかったからやらない、では大変困る。大変困るけれど、無いものは無い。結局、順番を後ろにずらすのと、プレゼンはしないけれど、口頭で説明する、ということで決着がついた。

9時半くらいになって、ようやく、当地の県知事が到着し、他の来賓を含めて、会が始められる状態になった。後で聞いたのだけれど、こういう時には、県知事には事務所の応接間に来てもらって休んでもらうのがいいとのこと。そりゃそうだ、そうだけれど、その時はもう頭がいっぱいで全く気が回らなかった。

それでは、県知事より開会のあいさつをお願いします、と振って、開会のあいさつが1時間半ほど遅れて始まる。内容は、僕が書いた通りのままだから、なんということは無い。ここで今日初めて、少し気持ちが落ち着く。しかしながら、開始が1時間半遅れているので、これをどう調整したものかを考え続ける。

開会のあいさつが終わったところで、プログラムにしたがって始めます、ということと、プログラムに一部変更があります、という紹介をしたけれど、会議室にいる参加者一同、けげんな顔をして反応がない。何?何かミスったのか?と不安になる。

そこで、はたと気づく。来賓は、挨拶だけして出ていくことが多い(出ていかないこともある)。だから、来賓の挨拶の後、それでは知事はこのあと退場なさいます、という感じのセリフがあったのだけれど、今回のこの県知事は、残るのか?退場するのか?確認していなかった。確認をしてもないのに「退場なさいます」と言ってしまっては変だし、どうしたものか。この日は朝からうまくいっていなかったので、この辺りでは不安から、軽くパニックになった。

永遠に感じられるほど長い10秒、とまではいわないけれど、耐えきれない無言がしばらく続いたところで、同僚が、「まず初めに、参加者の自己紹介から始めてもらいましょう。まずはこちらから」という感じで仕切り始めた。この同僚は、今回のアトリエにもともと出席することになっていて、事前に、何かあったら躊躇なく割り込んできてね、とお願いしていた。

オンラインの会議でも、対面でのアトリエでも、この儀式があるんだった。参加者が一人一人、自分の名前と所属をただひたすら述べていく。この儀式を終えてから、議事次第に入っていく。ということで、この日も、まずは会議室にいる参加者、そのあと、オンラインの参加者、合計30人以上が、次々と名前と所属を述べていく。

会議参加者の全員の紹介の後、先ほどの同僚が、会場に聞こえる形で県知事に対して「今日、参集している参加者は以上の通りです。県知事、この後のご予定はいかがでしょうか?」と問いかけ、残るのか、退出するのかを確認する。なるほど、うまい。

結局県知事は、その時点で退出ということになり、この後は県知事無しで、予定していたプログラムが始まる。前半は、人道支援関係のデータを作る側のプレゼンテーションとそれに対する質疑応答。後半は、それを使う側から見た問題点と、その問題解決のためのディスカッション。

少しだけほっとしながら、プレゼンテーションを見守っていたところ、そのアトリエに出席していた我が組織の事務所の所長から、ちょっと来いということで外に呼び出される。

「プレゼンが終わったら、ファシリテーター(←僕のこと)は、プレゼンの内容を簡単にサマリーして、適切なコメントをつけてから、質疑応答に振るんだぞ。プレゼンの最終でも、適宜コメントしろ」とクギを刺される。そういうことをしているファシリテーターなんてこちらに来てから見たことないぞと思いつつ、まあ確かに正しくはその通りだが。。。

この時点で、当初会議のMC兼ファシリテーターという役目だった僕は、その役目を奪われた惨めなアジア人と化していて、この後どうしようか、と大いに凹み、軽く焦ってもいた。とはいえ、焦ってもしょうがない。深呼吸をして、マインドフルネスで言うところの「今に集中する」ということをして、これまでのボロボロな進行はサンクコストとして、この後、できることをして会議に貢献するしかない、と開き直る。

微妙にプレッシャーをかけられたので、プレゼンを見つつも、プレゼンターが要所要所で止まって「質問は?」と問いかけて会場から反応がないときに「ここの趣旨は●●だから、今日のアトリエにおいて重要なポイントです。きちんと確認しておいたほうがいいですが、質問、大丈夫ですか?」と会場に振ったりするなど、どうにか形にする。

プレゼン後の質疑応答では、会場の参加者の発言を、オンラインにいるメンバーにも共有しないといけない。最初は、プレゼンター席の横に発言者席を設けて、そこに来てもらって発言してもらおうとした。しかしながら次々と手が上がるし、指名する前に発言も始まるので、まったく機能しない。ということで、僕が持ち込んだ私用のレッツノート(B5サイズ)を発言者の前に僕が運んで、そこに向かって発言してもらう、ということにした。なので、僕はこの日、レッツノートを回ってひたすら会議室の中をウロウロすることになる。

後半の、問題点を共有するというセッションでは、それまでのプレゼンですでに大量に出ていた問題点という名の愚痴を同僚がまとめてくれていたので、それを会場のスクリーンに映し出して、これに追加することがある人、という形で、全員に問題点を吐き出させる。この中には、根本的な問題点もあれば、その根本原因の結果として現れる現象もあれば、今日のテーマとは直接関係ないものもあるけれども、それを構造化するだけの時間も、余裕もないので、とりあえずリストアップしておく。そのあとで、解決策となるような次のステップを、これまた思い付きベースで吐き出させて、本日のアトリエは終了。

アトリエ終了後、事務所の所長室に戻って、2週間前の木曜日に依頼されたアトリエが、一応完了したことを報告。アトリエに期待していたことは達成できたと思いますか?と尋ねると、「関係者間で問題点が共有されることが大事だから、達成できたと思う」との言葉をもらう。MC兼ファシリテーターとしては相当イマイチだったと思うけれど、とりあえず、達成できたと思うという言葉を出させるくらいにはできた、ということで前向きにとらえることにする。

なお所長からは、「アトリエを主宰することになったら、諸々のアレンジはしつつも、別に、自分でMCやファシリテーターをする必要はないし、書記も他に振ればいい。全部を自分でする必要はない」との指導。まあ確かにその通りだし、フランス語の理解&発言が自分よりはるかにうまい同僚にMC&ファシリテーターを頼むのが多分正しいのだろうと思う。とはいえ、そういわれるとそれはそれで悔しい。

今日も結局はただ単に出てきた発言のリストアップに終わったのだけれど、本来は、出てきた発言をいい感じにまとめて、その場で構造化して、真の因果関係を見出す、ということをすべき。だから今後も、組織に致命的なダメージは出ないようにバックアップは用意しつつも、被弾覚悟で前に出て、自身でリードをとることを試み続けると思う。そうでないと、せっかくの機会を成長に活かせられない。

ということで、アトリエの話は、これでおしまい。

 

と言いたいところだが、後日談を一つ。

火曜日。

このアトリエのせいで一週間たまりにたまった仕事をこなしつつ、さらに、水曜日から出張&休暇ということもあって多忙を極めていた。

オンラインで参加してほしい、と心の中で祈りながら現地入りした政府統計機関の担当者は、その後、我が組織のゲストハウスに2泊して、水曜日に首都に戻ることとなった。水曜日のフライトの搭乗者名簿が火曜日の夕方に送られてきたのだが、また、来る時と同じように、搭乗者名簿に名前がない。

搭乗者名簿は15時くらいに送られてくるのだけれど、日中に多忙を極めていたせいで、その担当者の名前が搭乗者名簿にないことに気づいたのは、火曜日の18時半過ぎ。すでに、フライトアレンジの担当者は仕事を終えていたけれど、これを逃すと次は金曜日までフライトがないということで、関係各所に電話をしまくる。フライトは明日の朝8時だから、日が明けてから調整する時間はない。結局、フライトを運営している機関の責任者に電話で連絡をしつつメールを送っておいたので、あとは明日、空港でどうにか交渉をしよう、ということになった。

 

水曜日

朝8時に空港に向かう。僕の名前は搭乗者名簿にあったので、普通にチェックインが完了する。問題は政府機関職員。その場で、我が組織の同僚が、フライト運営組織の担当者とチェックインカウンター的な木の机を挟んで交渉を重ねる。40分ほど交渉を重ねた結果、搭乗は不可という結論に。

非常に申し訳ないと思いつつ、僕は僕で飛ばないといけない用事があったので、アトリエに招待した僕がフライトに乗り、招待された政府機関職員は取り残されるという事態に。結局、その職員は、我が組織の手配で翌日、陸路で帰途についた。

今度から、アトリエに人を呼ぶとき&オンラインでもいいという時には、どうにかオンラインでやってもらえますようにとアラーにお願いするのみならず、一言「フライトのアレンジはするけれど、どうしようもない手違いで、フライトに乗れない場合があるし、その場合は、滞在期間が延びます。それでも良ければ、来てください」と伝えることにしよう。

アトリエ ~ 準備編(2)

人道支援に関するデータについて、アトリエ(英語・日本語で言うところのワークショップ)を開催することになった。前回の記事はこちら

shigeomisato.hatenablog.com

 

正確なデータをとる方法について関係者を集めて考えるために、アトリエを開催することが決定した木曜日の夜、僕はそれまでの議論と、その決定に疲れ果てていた。その日はまっすぐ帰宅し、金曜日から作業を開始。アトリエ開催まで残り6営業日。

前回記載した通り、準備作業としては、以下のようなことを行う必要がある。

・企画書のドラフト

・企画書について、上司の承認

・出席者へのアポ取り、出席およびプレゼンの承諾

・遠方からの参加者のロジ手配

・場所確保

・当日の飲食の確保

・招待状の作成と配布

ということで、まずは企画書から。ちなみに企画書はTDR(Terms de Référence)と呼ばれる。英語だとTerms of Reference(TOR)。TDRもTORも、ここでは企画書と書いているけれども、実際にはもっと幅広い意味でつかわれる。たとえば、今回のようなアトリエの企画書もTDR。出張計画書もTDR。新規採用者の職務内容を記載した書類(ジョブデスクリプション)もTDRTDRは企画書兼稟議書としても使われて、これをベースに予算を含めた承認が行われることも多い。

当地に着任して1か月だけれど、やたらと開催されるアトリエや、やたらと出回るTDRのおかげで、どういうことを書けばいいのかはなんとなくわかっていた。そのおかげで、他の仕事の合間を縫いながら、金曜日と土曜日の2日間でTDRを書き上げて、事務所長と内部の関係者にドラフトを提出。ただ、企画が立ち上がった時の会議の雰囲気をそのままTDRに盛り込むと、国連機関Bのデータは使えない、というリンチに近い状態になってしまう。人道支援機関の会議でそういうことはあってはならないので、今回の目的を、データを作るいろいろな方法とその限界を、データの利用者に理解をしてもらったうえで、問題点を共有し、可能な範囲内で次のステップを考える、という風に書き換えた。こうすることで、当日うまくハンドリングできれば、無意味な批判は避けられるし、関係者がとりあえず思い付きで言うであろう不満や愚痴も、解決が必要な問題点の列挙として意味が出てくるはず、と目論む。結果的にこのTDRに対しては大きなコメントは無し。

 

月曜日

TDRをもとに、プレゼン&出席をしてもらう方・組織への打診。本当はTDRのドラフト段階からこれをすべきなのだけれど、打診をするにもTDRが必要だったりするし、週末でもあったので、後回しにしていた。ちなみに月曜日は、また別のアトリエがあってそちらにも出席をしないといけなかったので、プレゼンをしてもらう方々や組織への打診をしただけで終了。

 

火曜日

プレゼンをしてもらう方々や組織への打診の続き。今回の内容的に、特にプレゼンターは、「お前のところのデータは使えない」という批判を、関係者が大勢いる前で食らう可能性がある。ということで警戒される可能性や、プレゼンが変にディフェンシブなものになると困る。したがって何度も繰り返し、電話で趣旨を、できる限り丁寧に伝える。その結果、プレゼンターサイドからの基本的な了解を得ることには成功。

なお、プレゼンターのうち一人は政府機関の統計部門の方で、我が組織の同僚にコンタクトを頼んでいるけれども、うまくいかない模様だが、これはもう待つしかない。

また当日の来賓として、事務所のある県の県知事と、所掌している県の役人を派遣してもらうことになっているので、それら県知事への招待状をドラフト。所長に確認依頼を送って、この日は終了。

 

水曜日

所長からこのアトリエについての準備状況と見通しについての確認が入る。プレゼンターの一人とまだコンタクトが取れていない、というと「時間がないぞ、急げ」とのこと。いや、時間がないのはもともと知ってたでしょうが、と思いつつ、同じ事務所内で偶然、プレゼンターをやってくれそうな部局の部長の知り合いがいたので、そちら経由でもコンタクトをとってみる。

また、前日にドラフトを送った、当日の来賓向けの招待状を確認してもらい、署名をもらって、招待状は完成。あとは、これをどう届けるかが問題になる。事務所のある県知事のオフィスは、事務所から車で10分の所にあるから問題なし。残りの2県については、車で行こうと思うと片道2~3時間はかかるので、招待状を届けるためだけに行くほど、残念ながら暇ではない。かといって、速達はもとより、郵便がそもそも機能していない田舎なので、基本的には、直接届けるしかない。どうするか。

ラッキーなことに、この2県のうち、1県の県知事は、我が事務所の近くで行われているアトリエに来賓として参加していることが判明し、直接そこに持ち込んで、知事に手渡しをすることに成功。残りの1県の県知事については、その県で活動をしているNGOの方が同じアトリエに出席していたので、そのNGOの方に招待状を託して、翌日に、県知事に渡してもらうように依頼して完了。このアトリエがなければ、招待状2通を県知事に渡すことはおそらく不可能だったと思う。アトリエが多いのも悪いことばかりではない。

 

木曜日

出席確認が取れていなかった政府統計機関の方が出席可能であることが判明。当日はオンラインでも配信をすることにしていたので、オンラインでのプレゼンを希望するか、当地に来てプレゼンをするかを打診。こちらに来るとなると、往復の国連機の確保、ゲストハウスの確保、日当の支払い、等々実際のコストもそうだけれどそれ以上にアレンジの手間が発生するので、どうにか、オンラインでの配信を選択してもらいたいと、アッラーに祈りをささげる。しかしながら残念ながら、こちらに来てプレゼンをするという選択肢を選ばれる。しょうがないので、フライト、ゲストハウスの手配を始める。

また当日のプレゼンターが確定したので、プログラムも確定。ということで、必須出席者以外の関係者へのTDRの一斉配布を開始。と思ったら、上司やら我が組織の関係者から、誰それにもプレゼンしてもらうべし、という指示が下り、プログラムの変更とそのプレゼンターへの依頼を行う。そういう突込みは、TDRのドラフトを送った週末にやってくれよ、、、という愚痴はぐっとこらえ、彼らも今まで気づかなかったんだからしょうがないじゃないか、と気を取り直して粛々と作業を進める。ここでようやく、出席人数もある程度読めてきたので、当日の飲食のアレンジを事務所内の担当者に依頼。

夕方、アトリエ当日にフライトで飛んでくる政府統計機関関係者の予約が取れていないことが判明。予約を入れていたにもかかわらずフライトがアレンジできていないというのは、予約を入れたこちら側の不手際、予約を受け付けた側の不手際の両方がありえて、さらにそれがどちらもよく起こるのがこの国の人道支援機関の実態。今回は、予約を入れたこちら側の不手際らしい。月曜日のフライトに乗せるには、木曜日中に予約を確定させないといけない。急ぎ、再度予約を入れる手続きをしようとする者の、担当者は、もう間に合わない、という。上司に聞くと、まだ間に合うはずだから、どうにかしろ、と言われる。結局、別の担当者と話をして、どうにか予約を手配することに成功。

 

金曜日

アトリエ開始前の最終営業日。当日の場所とネットが入るかどうかを確認。月曜日のフライトの確認も取れた。また、我が組織からもプレゼンをするので、プレゼンをするのは僕ではないのだけれども、アトリエの目的や、我が組織として取りたいポジションを理解しているのは僕なので、プレゼンの作成を開始。

来賓として依頼している県知事のところに、明日はよろしくお願いします、とあいさつに行く。県知事には開会のあいさつをしてもらうことになっていたのだけれど、それを説明したところ、あいさつ文のドラフトを持ってきてほしいと逆に依頼される。事務所に戻って、スピーチ原稿をドラフトして、上司にメールでレビューを依頼。

 

土曜日、日曜日

スピーチ原稿のレビュー結果を上司から受け取って、県知事のところに持参。帰宅後、金曜日に引き続いてプレゼンの作成と組織内への共有、説明を行う。プレゼンの作成が遅れたせいで、直前まで上司や他の部署からのコメントが多く入ったものの、日曜日夕方には完了。(なおこの土曜日は土曜日で、別のトラブルが発生して対応に追われていた。その模様はこちら

これで、一応準備は完了したことになる。あとは、当日を迎えるのみだが、さて、どうなるか。

次回に続く。

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アトリエ ~ 企画立ち上がり編(1)

今回から3回シリーズで、僕が先日行った仕事「アトリエ」について紹介していこうと思う。フランス語圏国連機関で働くならば、避けて通れない「アトリエ」について、雰囲気だけでも伝えられればと思う。

とある木曜日の夕方、就業時間も過ぎた後、我が事務所の所長室に呼ばれる。所長室では、とある国連機関Aの所長とその部下とが訪問してきている。どうやら、支援活動で収集・利用するデータの信頼性についての不満らしい。

実はこれは、僕が当地に入る前から聞かされていた話。人道支援活動は、多くの場合、政府統計などが全くあてにならない地域が多く、現地で活動する組織が収集する情報に頼らざるを得ない。当地では、ある国連機関Bが収集している情報が、一番網羅性が高いので、それを使って計画立案を行っている。

ところが、この国連機関Bのデータをそのまま使うと、当地域の人口に関する政府統計よりも多い人数が、当地域内で国内避難民として移動していることになり、明らかに矛盾している、というのが国連機関Aの主張。国連機関Bのデータ収集手法は、僕から見ると、まあそんなもんだなあという標本調査&クロスチェックを組み合わせたもの。逆に政府統計のデータは相当怪しいもので、2009年の国勢調査(←まずこれの精度も怪しい)に、全国一律の人口増加率を当てはめて、2021年の人口を推計している。発射台となる数字がおかしく、その後の増加率も怪しく、それを10年以上にわたって単純に当てはめている。したがって、政府統計が正しいという全体で議論すること自体がナンセンスでもあるのだけれど、計画立案をするうえで、存在するデータ、特に協力しながらやっていかなければいけない政府のデータを無視するわけにはいかない。データ間で矛盾が存在するなら、それは何かしらの説明が求められる。

そしてアンラッキーなことに、政府統計および国連機関Bのデータを含めて、何かしらの筋の通った説明をするのが、僕が管轄するセクターの責任であり、さらにそのセクターのコーディネーターである僕の責任、ということに、形式上はなっている。ということで、データユーザーである国連機関Aは、データの作成責任を持つ我が組織(の僕)にクレームをつけに来た、とも言える。

ただし前述の通り、そもそも政府統計も怪しいし、ほかにデータがない以上、Best guessで計画立案をするのが現実的。正確なデータをとる方法が(短期的に)あるのであれば、その方法を実施するけれども、そんな方法は無い。なので、短期的には、今あるBest guessでのデータを活用して計画立案をしながら、長期的には、きちんとカウントしていくというのが基本的な方針にならざるを得ないし、実際にそうやっている。きちんとカウントする活動も、少しずつではあるけれど進んでる。

なので、こちらとして現状のアプローチ以上にやれることは、基本的には無い。けれどもデータはないのは困る、どうにかしろ、というのが国連機関Aとしての言い分。これが民間企業なら話はシンプルで、「調査してほしいというんですね。わかりました。納期とお見積もりはこちらになります。え、そんなお金は払えない?納期も受け入れられない?じゃあ、無理ですね。他をあたってください」ということになる。ただしここは国連機関やNGOが一緒になって、各団体が定められた役割分担にしたがって活動している。お金があろうがなかろうが、役割は果たさないといけない、もしくは果たそうとしているという十分なアピールが必要になる。

とはいえ現実的に解決策はない、ということで議論は紛糾し、あっちこっちに話が飛ぶ。1時間ほどたったところで、我が事務所の所長が、「どうやって正確なデータを出せるか、アトリエをやってみんなで考えよう」と言い出し、僕に対して「とりあえず、アトリエやってみて」と投げてきた。

ここで僕の顔は青ざめる。

アトリエ、というのはフランス語の「Atelier」のことで、英語・日本語で言うと、ワークショップ。要は、みんなで集まって、一緒になって話し合って、結論を出そう、というもの。

僕や前任、関係機関の担当者を含めた、現場にいるそれなりの人間が数年にわたって頭をひねっても、解決策が出ていない。こういう時は、同じような思考・アプローチの延長線上には「解がない」ことが多い。だから、正確なデータをどう取るか/どう出すか、という話よりも、既存データをどう解釈して整合性のある数字を推計するか、とか、データがないという前提で、どのように計画立案するか、というようなアプローチの転換のほうが功を奏する。でもこの所長会談での結論は、正確なデータをとるために、みんなで話し合おう、というもので、クレームを言いに来た国連機関Aの所長も、納得している模様。

ちなみに、国連機関がそうなのか、フランス語圏がそうなのか、チャド特有なのかはわからないけれど、とにかく何かと、アトリエが開催される。次年度の計画を立案するためにアトリエを開催して、関係者が集まって問題分析をするとか、国内避難民の権利保護をどのように行うのか、アトリエを開催してみんなで考えましょう、とか。

アトリエでもワークショップでもいいけれど、多くの人が集まって、それなりに意味がある成果物を、それなりの短期間で導き出すには、

・参加者が厳選されて

・参加者が事前に当該論点について十分に検討して自分なりのロジックと結論を持ち込んで

・当日はそれを共有しつつ

・でも自分の意見や利益を度外視して、全体最適のために建設的な意見出しと構造化をしていく

ということが一般論としては必要である。

でも大体のケースだと、

・とりあえず関係者っぽい人を多く呼び

・呼ばれたほうは、当日まで実際にはほとんど考えず

・その場その場での思い付き and/or自身や組織の立場・意見を表明する

だけである。

ガス抜きをする、とりあえず何かをやった感を出す、という意味はあるかもしれないけれど、困難な論点について、解決策を出すというのとはだいぶかけ離れた形になる。結果として、原因と問題と結論、事実と推測と希望的観測とがごちゃ混ぜになった、よくわからないテキストがアウトプットとして作成される、それが、アトリエの大半。

繰り返しになるけれども、現時点でできることは、短期的には、使えるデータでどうにかしつつ、長期的には、すでに始まっている比較的正確なデータ収集を続けて完成を目指す、ということでしかない。だから、今誰が話をしても、何も変わらない。したがってアトリエをやる意味が分からない、と繰り返したけれども、とりあえずアトリエをやってみよう、の一点張りである。

僕は強硬に反対したけれども、上長の職務命令とあってはそれに従わないわけにもいかないので、結局実施することになった。日付は、2週間後の月曜日。営業日で言うと、7営業日後の開催。

アトリエが、「とりあえず」で片づけられるほど楽ならばいいけれども、残念ながら、少なくとも僕にとっては全くそうではない。アトリエの開催準備として、

・企画書のドラフト

・企画書について、上司の承認

・出席者へのアポ取り、出席およびプレゼンの承諾

・遠方からの参加者のロジ手配

・場所確保

・当日の飲食の確保

・招待状の作成と配布

等々の作業をこなさないといけない。この準備を、他の仕事もしながら、6営業日でこなす。僕にはチームがあるので、当日は他のチームメンバーも協力できるけれど、他のチームメンバーも通常業務で逼迫しているので、アトリエの準備を手伝ってくれとは言えない。

今回は、行政機関を含めて広く参加してもらって、現状の問題点を理解してもらおう、というさらなる目的が追加されたので、もろもろの準備がその分、大幅に拡大した。

そして僕にとっては、初めてのアトリエ開催であるというのもなかなかにハードルが高い。果たして、うまくいくのか。

次回に続く。

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単なるコミュニケーションミスと真の対立を見分けること

土曜日の午後、次の月曜日に予定されているワークショップの準備にいそしんでいると、携帯電話が鳴る。電話の主は、以前のワークショップで挨拶をした、国内避難民キャンプの管理者。

僕の仕事の一つは、担当地域内200カ所を超える国内避難民キャンプを管理すること。キャンプの管理というとだいぶざっくりしているけれど、要は、キャンプが順調に運営されて、そこに居住している国内避難民の生活に問題があったらそれを解決すべくその問題の専門家(水とか衛生とか食料とか教育とか)にコンタクトをして、問題解決して、生活の維持・向上を実現すること。僕一人で200カ所を超えるキャンプの管理なんてものは当然不可能なので、パートナーとして動いてくれているNGOがキャンプの現場マネージャーとして現地で起きていることを日々管理してくれている。ただNGOもすべてのキャンプに常に常駐しているわけではなくて、一人で複数のキャンプを担当しているので、目が離れることがある。

今回はまさにそんなタイミングで起きたトラブルの模様。

キャンプの管理者曰く、自分のいないときに、勝手にほかの団体(団体Aとします)がやってきて、国内避難民向けのシェルターを国内避難民向けに供与したとのこと。また、その団体Aが近々やってきて、生活用品の支給にやってくるらしいとのこと。そのキャンプを管理しているNGOはキャンプの管理だけではなく、生活用品の支給もするから、支援がかぶったり、その結果として、本来は配れる人に配れなくなったりしてしまう可能性がある。ということで、そのキャンプ管理者は、団体Aに対して、誰向けにシェルターを配ったのか、誰向けに生活用品を配る予定なのかを知りたいけれど、団体Aが渋っているからどうにかしてほしい、というもの。

話を聞くにつれて、表面的には団体Aから情報を引き出してくれということだけれども、おそらくそれ以上に、自分の管理しているキャンプで、自分の承諾なしに、勝手に支援を行っていることに、腹が立っているんだろいうということもなんとなくわかってきた。

今はこうしてすらすらと書いてるけれど、電話を受けたときは、このNGOのキャンプ管理者は結構エキサイトしていたのと、そもそも僕のフランス語能力が拙いせいもあって、状況を理解するために、かなり聞き返す必要があった。一応理解したつもりだけれども、状況をきちんと理解したいからメールをしてくれと依頼したところ、メールの内容がいまいちロジカルじゃなくて何が問題なのかよくわからない。あとは、僕だけに状況説明のメールを送ってくれ、と依頼をすればよかったのだけれど特にそのような指定をしなかったせいで、団体Aを含めて、当地の国内避難民キャンプを管理している関係者全員をCCに、僕をTOとしたメールが飛んでくるという事態に。

うーん、これは面倒なことになりそうだ、と思っていたら、そのメールを見た団体Aから返信メールが。団体Aからは、(1)シェルターの配布先と生活用品の配布先も共有するけれど、まずは情報公開の請求をしてくれ、(2)もう建設を始めたシェルターは建設を止めることはできない、(3)もう生活用品を配布する先は決めているから、もう変更できない、というこれまたよくわからないけれど、とりあえず関係がよろしく無い状況にあることはわかる。

ということで再度、NGOの現場管理担当者に、団体Aに、シェルターの建設を止めてくれって言ったのか?生活用品の配布先を変えろといったのか?と確認したら、そんなことは無いという。そもそもNGOの現場管理担当者からのメールも、電話での話(の僕の理解)と微妙に食い違うので、再度全て確認しなおし。そうすると、団体Aに対してそういうリクエストはしてないとのこと。だけれど、現場担当NGOのメールからは、その担当者が言いたいことはどう考えても伝わっていないので、団体A側での誤解でこういうやり取りになった模様。

そうこうしているうちに、今度は、そのメールに入っていた別の団体(団体Bとします)から、僕宛に、支援がかぶるなんてことがあったら、ドナーから援助がもらえなくなるからさっさと解決してくれというメールが、これまた全員あての返信メールで飛んでくる。平和だった土曜日の午後が、派手に炎上しつつある。

ということで、とりあえず団体Aの担当者に電話。でも出ない。メールを打ってきたはずだから、オフィスか、家だとしてもラップトップでwifiが入るところにいるはずで、電話が通じないということはおそらくないはず。ということでしつこく電話をし続けて、どうにかつながる。

そこで、まだお会いしたこともないので、初めまして、という挨拶から初めて、団体Aサイドからも話を聞いて状況を確認する。曰く、団体Aがそのキャンプでのニーズを視察した時には、まだ、現場管理NGOの団体を含めてシェルターの支援はしていなかったので、まずはシェルターの支援をしようとしたとのこと。そのNGOがそのキャンプを管理していたかどうかを知っていたのかというのは聞いたけれど、むにゃむにゃと返信して要領を得ない。おそらく、知っていたけれど、面倒だったのか、コンタクトしたけれどつながらなかったのか、無視して突っ走ったのだろうと推察する。が、ここは本質ではないので、とりあえず無視する。

いろいろ話を聞くと、ラッキーなことに、生活用品の配布は当初は近日中に行う予定だったけれど、当該キャンプ周辺のセキュリティが悪化しているから当面延期するということ。これで、時間的な余裕ができるということでほっと胸をなでおろす。団体Aとしては、情報公開は請求をしてもらわないと手続き上どうしようもないので、それはしてほしいけれど、請求してもらえればきちんと処理はするし、情報も共有するということ。

なので、結論としては、現状を踏まえれば大きな問題はなくて、まずは現場担当NGOが情報公開請求をするということ、団体Aからは現場担当NGOに対して、シェルターの配布先と生活用品の配布予定先を共有すること、生活用品の配布をする日が決まったら、現場担当NGOと調整をすること、ということを決めれば話としては済む。ということで、現状認識、現場担当NGOと団体Aの短期的なアクションについて、僕の理解を共有するという形で双方にメールを打ち、それに合意してもらえたら、関係者にその結果を配布する、という形で決着。

さて、ここまで長くなってしまったけれど、今回は、本質的に何か対立があるとか、競合があるとかという話ではなくて、(1)双方のほんのちょっとした認識のずれ、(2)感情のひずみ、(3)情報共有の方法(メールでのクレームを全員にドカンと送る)というところから話が大きくなってしまった。

なので、コミュニケーションを丁寧にとって、双方の言い分を聞いて、双方にとって合意できる現状認識を共有し(その時に、本筋と関係しない事実については食い違いがあっても無視する)、双方にとって合意できる打ち手を共有すれば、解決できる。

これを短絡的に、片方がシェルターの建設を始めていて、もう片方が止めようとしている、みたいな対立だと認識してしまうと目も当てられない。もちろん実際にはそういうこともあり得るので、今起きていることが、コミュニケーションミスなのか、本当に何かしらの競合が発生しているのかをきちんと見分けることが極めて大事になってくる。

感覚的に、現場で起きている対立の大半は、実はコミュニケーションミスに起因したり、双方が持っている情報をきちんと丁寧に出せば、意外と解決策は単純だったりすることは多い。ただ、国内避難民キャンプというタフな環境下にいると、相手を気遣う余裕がなくなってくるので、情報共有を丁寧にするということは結構難しい。あとは人道支援の分野では多くの団体が活動しているので、団体間のプロジェクトの取り合いという側面もあるから、弱みを見せないということも当然意識してくる(団体内での自分の位置づけを守るという意味でも、そういう意識が出てくる)。そうすると余計、事実を素直に相手方に共有するということにすごく警戒感を抱くし、変なメールが飛んで来たら、まずは自分の組織を守ることに意識が行くので、自動的に、相手を責めるような格好になりやすい。

なのでタフな環境、修羅場な環境になればなるほど、まずは事実を見極めて、丁寧に確認していくことが大事になってくる。逆に、何かの問題があっても、単なるコミュニケーションミスじゃないのか?とか、コミュニケーションをきちんととって考えていけばきっとナイスな解決策が見つかるだろう、というある種楽観的な見方で取り組むと、こういった対立における問題解決がしやすくなると思う。