チャドで働く国連機関契約職員の日記

チャドの田舎で国連機関の期間契約職員として働くことになった日本人の日記です。ブログでの記述は個人の見解であって、所属組織を代表するものではありません

国連の人道支援現場におけるメンタルの保ち方(1)

国連の現場、と一言にいっても、組織の種類も、場所も、仕事内容も大きく異なる。だから、ここで書いてあることが、そのすべてで当てはまるなんてことは、たぶんあり得ない。そもそも、メンタルなんてきわめて個人的なものだから、同じ現場の同じ仕事でも、同じ方法が適用可能かどうかなんて、わからない。

 

とはいえ、選択肢の一つとして提示することはできると思うし、そういう意味では、国連の現場に限らず、ここで書く方法が適用できるケースはあるかもしれない。あくまで、こういう考え方もある、ということを知っておいて損はないというくらいの感じで、読んでいただければと思う。(なおここでは、一定期間、同じ事務所・同じポジションで働くことを前提にしていて、自然災害や紛争で、緊急的に派遣されて、そこで極めて短期間で初期的な対応をする、というようなケースは対象外として考えていただきたい)

 

(1)完璧を目指さない
国連の現場、特に人道支援の現場だと、一人当たりにかかる仕事量は多く、与えられた時間は少ない。それは支援対象者の人生や生死にかかわる仕事をしていたり、緊急性が高い仕事が多かったりという、仕事の性質が原因の一部ではあると思う。でも同時に、やるべきことに対して十分な資金調達ができていないので、それだけの仕事をこなすだけの人材、資機材を確保できていない、ということも大きい。
各国の人道支援活動でどれだけのお金が必要で、それに対していくらのお金が集まっているかというのを知るには、OCHA(国際連合人道問題調整事務所)という機関が運営している、以下のウェブサイトが参考になる。
https://fts.unocha.org/
たとえばチャドの2021年実績で言うと、必要額が617.5百万ドルに対して、調達額が134.8百万ドル。必要な金額の21.8%しか集まっていないということになる。
https://fts.unocha.org/appeals/1028/summary(2021年11月1日アクセス)
この中には、人道支援のために配る食料とか住居とか生活必需品とかも含まれるし、国際機関やNGOの人件費も含まれてくる。実は、ここに掲載されている必要額・調達額には含まれない、必要額・調達額というのもあるのだけれど、とりあえず、恒常的に、ニーズに対してお金が追い付いていないというのが実態としてある。(そもそも、それだけのニーズを人道支援として対応すべきなのか、というのは別の話としてあるけれど、ここでは置いておく)
ということで、人が足りないけれど、やるべきことは多いので、結果的に、一人当たりにかかる負荷は大きくなる。これは自分だけではなくて、人道支援機関全体でそういうことが起こるから、当然、みんなして仕事が回らない。そして、人道支援はそのほぼすべての活動で、自分や自分の組織だけではできないので、他の人や組織と協力をしていく。協力、というと聞こえがいいけれど、要は、お互いに依頼・要請・指示が多い。
全体として仕事が多くて、依頼ごとが非常に多くて、人が少ないので、ある特定の一人(例えば僕)の立場で見ると、非常に多くの依頼が上下左右から振ってくるし、僕も、非常に多くの依頼を上下左右に振ることになる。なので、以前にも書いた通り、調整ごとが多くなる。
そんな中で、依頼されたことに100%応えようとするまじめな気持ちでいると、かなり厳しいことになる。もしかするとここで数年過ごすと、そういうことができるようになるのかもしれないけれど、今の僕の能力ではとてもそうはできない。そして何よりも、最初はわからなかったけれど、よくよく見てみると、周りもそう。全然できてない。そりゃ、必要な資金の1/5しか受け取ってなくて、やるべきことがそもそも全部できてたら逆におかしいわけで、冷静に考えれば、できなくて当たり前。
でも、特に最初に入ったころは、周りからの目もあるし、どのあたりが落としどころかもわからないから、完璧を目指そうとする。そして、構造的にそんなことは無理だし、能力的にも無理だから、完璧なんてうまくいかない。そして、勝手にへこんでいく。そうすると余計、能力は出せない。でも頑張ろうとするから、労働時間は長くなり、睡眠時間は短くなり、生産性は落ち、さらに能力が出せなくなる、という悪循環に陥る。
時間の経過によって、仕事には慣れてくるから生産性は向上するけれど、悪循環による生産性の低下もあるので、結果的に、いつまでたっても、パフォーマンスが上がらないように感じられる。そんな中でも、周りはお構いなしに(というかかまう余裕が周りにもないから)ガンガン要求をしてくる。これは結構つらい。
ということで大変なのだけれども、ここを乗り切るメンタルの持ち方として大事なことは3つ。(1)誰も、完璧を求めてないし、できるとも思ってない、(2)とりあえずダメもとでも振ってくる、(3)そもそも完璧なんて目指さなくていい、ということ。

(1)誰も、完璧を求めてないし、できるとも思ってない
この現場にいる人間からすれば、要求に100%応えられるわけなんて無いということは、新人、シニア問わず、誰でもわかってる。そりゃ、そういうことができたら素晴らしいけれど、そんなことができるとは思ってない。むしろ、誰かが完璧にやったら、自分が完璧にやってないことがバレるから、有難迷惑だ、と思われてもおかしくない。

(2)みんな、とりあえずダメもとで振ってくる
みんな、最小の労力で成果を最大化したいと思っているので、ダメ元だろうが何だろうが、依頼をしてくる。上述の通り、完璧にこたえられるということは無いということは共通認識としてあるし、決して自分が完璧にはできないのだけれど、でも他の人にはガンガン依頼を振ってくる。なぜなら、みんながみんなお互いに、仕事を依頼し振りまくっているから、自分が遠慮したら、自分の仕事が後回しにされてしまう、と思うから。だから受け手としては、それをまじめに受け取ってはいけない。ダメもとで振ってきているから、ダメだとしても、気にしないことが大事だし、そういうものだと思ったほうがいい。

(3)そもそも完璧なんて目指さなくていい
誰も完璧を求めてないし、ダメもとで振ってくるという環境なので、そもそも完璧に対応するなんてことを目指さなくていい。できなくて当然、という環境であるということを、特に日本人、特に新しく国連に入ってくる人は、思っていたほうがいいと思う。
国連に入るくらいの人は優秀な人が多いし、これまで、学生時代、社会人時代を通じて、周りの要求にこたえて、成果を出してきた人だから、当然に、ここでも、周りの要求にこたえるのは当たり前、それにさらに付加価値を付けてのし上がっていく!みたいなことを思っているのが当然だと思う。(僕は、「のし上がっていく」という欲望みたいなものは正直皆無なのだけれど、言われたことくらいはこなせるだろうとは思ってた)。
心意気としては十分アリだし、完璧ができればそれに越したことは無いけれど、だからと言って、完璧にできない、さらには、「本当ならこれくらいできないといけないのに」という自分自身のラインをクリアできなくても、まったくもって、気にしなくていい。だって、誰もそんなことを期待してないから。

ということで、国連の現場だと、そもそも仕事量に対して必要量をはるかに下回るリソースしかない中で、やるべきことはとても多く、誰しもが余裕がなく、誰しもが双方に仕事を依頼し振りまくるので、その中で完璧を目指すとメンタル的にはかなり厳しくなるし、そもそもナンセンス・無駄である、と言ってもいいと思う。

なのでまずは、そんなに仕事ができなくても気にしなくていいし、周りも気にしない、と思っていたほうがいい(本当にやばかったら、上司が言ってくるけれど、そうしたら、どうしたらいいのか教えてほしい、と聞いてみたらいい)。

ということで完璧にする必要はないのだけれど、完璧じゃないということは常に何かが欠けているし、その欠けている部分をいろんな人が突いてきたり、改善・修正を要求してくることもある。逆に、自分が誰かに依頼をして、ろくでもないアウトプットが出てくることも多い。そういう時にどういう風にメンタルを保つか、また、完璧じゃないとはいえ、それなりの成果を出していくにはどう考えていくのがいいのか、というのを次回以降の記事で書いてみたい。